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外国語の乱用 - 2013/06/28 (金) 01:16
柏市南部をAirCounterで計測 - 2011/12/23 (金) 22:29
他の原発は大丈夫なのか? - 2011/04/12 (火) 23:15
麻生太郎の平和外交 - 2009/09/06 (日) 22:34
思考停止に没入する日本企業 - 2009/02/25 (水) 23:45

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228:外国語の乱用

2013/06/28 (Fri) 01:16
■NHKが外国語の乱用しているとして訴えられた。
■多用は気にならない。新しい言葉として覚えていけば良い。
■むしろ私が気になるのは誤用のほう。

■たとえば日本語には、「リスク」に相当する語は無い。
  「危険」とほぼ同意で使う人がいるが、それなら「リスク」ではなく「デンジャー」とすべきだ。
  「不確実な危険性」という定義も間違っていると思う。
■「リスク」=人間の選択の結果によって生じる危険の可能性。
■だから、NHKがよく使う「地震のリスク」という用法も誤用。
  地震の発生の有無は人間には選択できないからだ。
■この点、証券会社の職員などは、「リスク」の意味をかなり明確に把握している。
  考えるNHK

■多用しても良いが、「我々(NHK)は○○の意味でこの言葉を使います」と、
  一々をきちんと定義してから使うことがトラブルを避けることに繋がるだろう。

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185:柏市南部をAirCounterで計測

2011/12/23 (Fri) 22:29
近くのディスカウントストアで
放射能測定器を購入しました
エステー化学のAirCounterです。
なかなか手に入らなくてあきらめかけて
いましたが、こんなに安く手に入るとは。
20111218a.jpg
20111218b.jpg

手のひらサイズで携帯しやすく、
ボタンの一つしかついていないので、
操作も大変わかり易いです。
20111218e.jpg
20111218d.jpg

早速測定してみました。
ホットスポットと言われている柏市ですが、
我が家は北側が玄関で、庭が南側であり、
福島から見て、庭は家の影になっている格構。
うちの周囲や、庭の茂みや、コケの茂みの真上を
測定しても、測定感度の下限ギリギリという
値の低さで、大体0.05μSvぐらいです。

家の中でも測定。
まずは犬を測定.....
問題なし。(0.2μSv前後)

玄関はちょっと高め(0.4μSv前後)

居間やキッチンでも0.2μSv前後。
2階に上がると線量が減ることも判明。

せっかくなので犬の散歩の時に持参し、
あちこちを測定してみました。
道のど真ん中では0.05μSv程度の
非常に低い値。
しかし側溝に溜まったゴミの真上や
坂道に挟まれた谷間では、とたんに
数値が跳ね上がり、最大0.7μSv

これはほぼ想定通りの結果ですが、
線量の高い場所以外の場所の値が、
思っていたよりもはるかに小さい値で
びっくりしました。
嬉しいような、ちょっと拍子抜けしたような....。

判ったことは、
1.殆どの場所は問題ない値でおさまっている。
2.局所的に線量の高い場所があり、
  線量の低い場所とのギャップが激しい。

の2点です。

市内に住む子供を持つ友人にも貸すなどして、
市内の線量の情報を交換したいと思います。

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171:他の原発は大丈夫なのか?

2011/04/12 (Tue) 23:15
■ヤバい原発は福島だけではない
福島第一原発の事故レベルを、レベル7相当とすることが検討されているらしい。新聞やテレビでは震災と福島第一原発の話題で持ちきりだが、ヤバい原発は福島だけではない。《放射能が漏れていない=事故っていない》という定理は成り立たない。事故を起こしている原発は多くある。釜の中で何とかコトが収まっているから報道もされないし、何も問題がないように見えているだけだ。特に問題なく動いていた福島第一原発の1~4号機が、たった一度の津波であの有様になったことを考えると、スレスレのところで有事を食い止めているような原子炉は、今回のような地震が起きたら一体どうなってしまうのか。考えただけでも恐ろしい。

■炉内中継装置落下事故(2010.8)
福井県敦賀市に高速増殖炉「もんじゅ」というのがある。去年(2010年)の8月、その高速増殖炉で炉内中継装置(重量3.3トン)が炉内に落っこちるという事故が起きている。そしていまだ回収できないままだ。炉内中継装置というのは、炉内にある燃料を取り出すための装置。この中継装置が機能しないということは、燃料が回収できないということ。燃料が取り出せないので廃炉にもできないし、運転することもできない。しかも始末の悪いことにこの中継装置、どうも炉内に引っかかってしまって容易に取り出すことができないのだ。東芝がこの仕事をかって出た(正確には、落札に参加したのが東芝だけ)そうだが、失敗に終わっている。この中継装置の除去作業に追加で莫大なカネが掛かることになってしまったが、見通しは暗い。運転もせず、廃炉にもできず、どうしてるかというと、ただひたすら冷やしているという状態。冷やすというと、福島原発のように水をブッ掛けるイメージがあるが、このもんじゅに関しては、そうはいかない。よりによって、冷却材にナトリウムを使っているからだ。中学や高校の頃、ナトリウムを水に放り込むと水面で弾けながら激しく火を噴いて反応するという実験を見たことがないだろうか? もんじゅの場合、冷却材にナトリウムを使っているので水をブッかければ大爆発を起こす。今のところ、制御棒だけで核暴走を制御しつつ、ゆっくりと冷えるのを待つという手段しかない状態。それには約50年かかるという。毎日毎日1億円以上もの公金を投入しながら50年以上もの間冷えるのを待つだけ。
この中継装置の除去作業を担当している課長さんが今年(2011年)2月、敦賀市内の山中で自殺しているのが発見された。その翌月に東日本大震災が起きている。

■プルトニウムの致死量は4000万分の1g
いま敦賀で、東日本大震災と同じような地震が起きたらどうなるか。増殖炉は制御が効かなくなり、核暴走を起こすだろう。もんじゅの内部には、長崎に投下された原爆の数百倍のプルトニウムが入っている。爆発が起きれば、これが一斉に空気中にバラ蒔かれるのだ。いつ核暴走が起こるかも知れないプルトニウム増殖炉を完全に停止できないなんて...。こんなものが狭い日本、とりわけ本州のど真ん中に位置しているなんて...。
プルトニウムは、人類の生んだ最強最悪の毒物である。肺に対する致死量は1/40000000gであり、これはひっくり返せば、1gで4000万人を殺せるということである。半減期も24000年と長い。こんな物質が、この狭い国内で何十トン単位で生産されている事自体、異常な事態であることを認識しなければならない。

■世界一危険な原発
敦賀は日本海側だが、もう一つ言うと、太平洋側に立ち並ぶ原発の一つに美浜原発というのがある。これがまた、「世界一危険な原発」とか言われちゃってて、いつ起きてもおかしくないと言われている東南海地震を起こす活断層の真上に立っているのだ。

■高木仁三郎先生が生きていたら...
高木仁三郎先生(=写真)が生きていたら何と言っただろう。せめてあと15年生きていてくれたらと思う。
高木仁三郎

私が原発に関して初めて問題意識を持ったのは、高校の現代社会の授業でのことであった。学習塾の講師をしていた時代には、中学の理科の授業で原発の問題を取り上げた。そんな最中、東海村JCO臨界事故が起こり、私の授業を受けた生徒の一人は自主的にこの問題について調査し、「原発は絶対やめるべきです!」と毎週のように訴えてきた。その生徒と高木先生の著作を通して何度も語り合ったことも懐かしい。しかし、その時ですら私は、原発は必要悪として、うまく制御しながら付き合っていくほかないという態度を変えなかつた。しかし私も、ここにきてようやく考えが変わってきている。
電力需要を呼んだのは我々一人ひとりだから、国や電力会社のあり方を一概に責めるわけにはいかない。しかしこれからは、国民一人ひとりが少しずつ生活をあらため、全体として電力需要が原子力以外の発電で賄えるように努力していかざるをえないだろう。与謝野が「生活レベルを江戸時代まで戻せば」などと極端なことを言っていたことには驚いたが、そこまでの必要はないだろう。大勢が一斉に行うことの効果は思ったより大きいはずだ。先月から節電モードに入った地下道やオフィスを見ても、特に不自由だとは思わない。今までが明る過ぎたのだ。

もはや需要がどうとか、経済活動がなんとかとか、株主が何とかとか言ってられない。専門家だけではなく、我々国民一人ひとりが真剣に考え、議論すべき問題だと思う。
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Written by: dicdic
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118:麻生太郎の平和外交

2009/09/06 (Sun) 22:34
今日、久しぶりにあった友人と会話する中で、
政治の話になりました。 選挙が終わった後ではあるけれども、
「麻生さんは実績として何を残したのか?」
という話なりました。
彼は一つの例として、中東和平に向けての努力をあげてきました。

「なぜ中東?」
私はそんな感じでしたが、彼は、
「おまえ、そんなことも知らないのかよ」
という調子。

いろいろ話を聞くうちに、これがなかなかすごい
ことだと分かり、家に帰ってから早速調べてみました。

↓分かり易くまとまった動画がありました


こんなこと知らなかったです。
知らずに時流に乗って浮かれて選挙に行き、
何も考えず投票したことを激しく後悔しました。


この交渉から3年後、つまり2011年、
パレスチナの大地に緑が芽吹けば、
麻生元総理はノーベル平和賞をとれるかも知れません。

動画の中でも語っていますが、
カーター大統領のキャンプデービット合意、
クリントン大統領のオスロ合意、それぞれ、
米大統領は主催者でありながら、ノーベル平和賞は
交渉の席に着いた当事者たちが受賞していましたが、
今回の場合は主催者である麻生さんが受賞するかも。

テレビからの情報収集が主の私にとって、
大切なことがいかに遮蔽されて吹き込まれてしまっているか、
身を以て知った思いがいます。

政権は変わりましたが、この努力は変わらず
続けていって欲しいと思います。

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102:思考停止に没入する日本企業

2009/02/25 (Wed) 23:45
私の勤めている現場は、近く、大きなシステム更新を控え、
みな急がしそうにしています。

今時の企業人が仕事をする上で、非常に神経質になっているのが、
「コンプライアンス」という問題です。
このコンプライアンスが、「伝統」「効率」「低コスト」「時間短縮」「分かりやすさ」
「軽ストレス」よりも過剰に重視されているのが今の現場です。

今や、「法律遵守」という意味合いで使われることが多くなったこの
「コンプライアンス(以下"コンプラ")」ですが、本来の意味は、
「法令の背後にある『社会の要請』と,自分たちの活動との
 関係を総合的に考えること」
 郷原信郎 桐蔭横浜大学教授
となります。
ここで、「考えること」となっていることに留意したいと思います。

『社会の要請』の中には、顧客に対する良心的サービスも含まれていると
思います。もちろん、法律の許す範囲での話です。「コンプライアンスマニュアル」が
配布された時、その扉に書いてあった趣旨もこれと同様の内容でした。

そうです、あくまで「手段」として「コンプラ」なのです。

しかし今や、「それはコンプライアンス的にNGです。」という言葉を無批判に
受け入れるという状況にはまり込んでいます。郷原さんの言葉を借りれば、
コンプラは、いわば印籠として使われちゃってるところがあるわけです。 
属人化を避け、しかも分業化を徹底する思想を盛り込んだコンプラは、
責任(をおっ被さる仕事)を避けるための口実としてはとても効果的です。
「まったぁ~ ○○さん、そんなこと(コンプラ)言ってぇ、ホントは
       仕事したくないだけなんじゃないのぉ~?」 なんて、
たとえ冗談でもこんなことを口にしようものなら、大変な目に遭います。

このムードの中、だれもが「コンプラ」という印籠に閉口し、思考停止に陥って
いるのです。

私が最近、これと同じ類いの厄介として気になっているのが、
「マニュアル至上主義」的な
発想です。

「書いてある通りにやれば間違いない」
  100歩ゆずって、これならまだいいでしょう。そこまで言うなら、
  ハードコピー付きの美しい手順書を作ってあげましょう。
  (感謝しろヨ)

「マニュアルは万能だ」
  そこまで言うか? 所詮は人間のやることだぜぇ。
  時代が流れれば陳腐化もするだろうよ。

「手順書がないと引き受けられません」
  手順書があってもなくても、どっちにしたって、あんなみたいな
  程度の人間には仕事は任せられません。

責任逃れの根性が、ここにも色濃く表れているように思えてなりません。

企業がマニュアルを導入するのは、低賃金で雇った労働者の仕事の成果に
正社員がやった仕事と同じクオリティを求めるときです。しかし、この徹底した
マニュアル化がありとあらゆる業務に適用されるとき、業務は固定化し、
工夫がなくなり、発展もなくなります。

考えることを放棄させた現場組織は弱いということです。

マニュアルを引き継ぐとき、つまりレビューの段階で、字面を追っているだけだと、
その操作によって、「仕組みの内側」で何が起きているかが分からないままと
なります。その状態を自分で是認していると思考停止となります。
そして事故が起こったとき、
「マニュアルに基づく作業の徹底を図ります。」
では、あまりにも情けない
と思う。体外受精のような生命に関わる仕事なら、
マニュアルを軸として、個人の手先の器用さや、備忘や手順落ちを防ぐための
各人の独特の工夫が必要なのだと思う。そうした小さい努力が、やがて、
よりよい手順としての一般化へ繋がるのではないか。

B.ラッセルは、
ものを作る過程に喜びがある場合には必ずスタイルが生じ、したがって
生産活動自体が自ずと美的内容を持つに至る。 しかし、人間が機械に同化して
仕事の結果のみを重視してそれ自体を軽蔑するならば、スタイルは姿を消す。

  (参考:言葉の噛み応え)
と語った。かつては「社会の歯車」として生きることに不自然さを感じながら生きていた
サラリーマンたちが、今時の世の中では、むしろその逆に、思考を停止させた
ルーチンワークにコミットし、しかもそこに没入してほとんど違和感を感じていないという
アイロニカルな現実から、私たちはいかにして脱することができるのか、悩ましいところです。

それでも私は、考えること、工夫すること、あえて違和感を感じることが、
いずれ大きな、よりよい価値の創造に結びつくはずだと信じたいです。
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Written by: dicdic
http://dicdic.web.fc2.com/index.html
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テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術


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